**Yamai な日記 (2002年9〜12月)**



2002年9月4日(水)

先週は調子が悪くて病院に行けなかった。
今日行かなければ薬がなくなってしまう。大ピンチ!!
ノーブラに興味津々のエロオヤジ様に
遠隔操作でおケツくんを叩いてもらい(謎)、
フラフラ歩きながら病院へ行ってきた。

バス車内で空いてた席は優先席だけ。
「私は病人。優先席使っていいよね」と、ヘタッと座る。
でもここは、お年よりの方が乗ってきたらすぐに替わらなきゃで、
ダラ〜って下向いてたり、眠っていられなかったから疲労度◎。

しかも目の前に元気な小学生くん4人組がいて、
調子が悪くなると音に敏感になる私は、
彼らのはしゃぎ声に打撃を食う。 o-_-)=○)゜O゜)グハッ


病院で診察待ちをしていると、順番前に呼ばれた。
前回の診察の際、テグレトールでアレルギーを起こすかどうかを
調べる検査をするか、という話をしていた。
その薬が7月下旬にかかったウィルス感染や白血球減少に
影響していたのかどうか、はっきり分からなかった為に
この検査をしてみて、もし結果がシロだったら
もう1度少量から慎重に試してみようか、という話になっていた。

ただこの検査の精度は100%じゃないらしく、
保険がきかないので、検査代に8000円かかるらしい。
32条で診察代も薬代も無料でやってきてた私には痛い金額。
う〜ん、母頼みかぁ…。でも母はお薬大嫌い人間で、
この間のウィルス感染や白血球減少に、
テグレトールが関与してるかもしれないという話をしたら、
「そんな薬を出した先生に抗議の電話しなくちゃ!(怒)」ってなった人。
もう1度飲み始めるための検査代なんて出してくれないだろうな…。
私のお小遣いは月1万円。
消費税分も引いたら残り1600円。\(>_<)/ギャー
と、前回の診察時には即決できなかったけど、
お母様を説得したらお金出してくれました。ありがとぅ。(ノ◇≦。)

それに、この検査を受けるということは、
テグレトールをもう1度試すという前提がある。
アレルギーの症状は回数を追うごとに大きくなるらしい。
もし、あの白血球減少や全身の発疹が
テグレトールの副作用だったとしたら、
先生に「試すなら入院覚悟だよ?」と言われたのは大袈裟にしても
私にとってはリスクのあることだったから、慎重に考えていた。

躁鬱病の薬はたったの4つしかない。(絶対ではないけれど)
一生付き合ってく病気だし、やっぱりリスクを負ってでも
試していかないとって私は結論を出した。


医「検査どうする?」

私「受けます。でも早い時間に来ないと無理なんじゃないんですか?」

医「前にそう話したけど、今日できるかもしれないから、
  ちょっと問い合わせしてみるよ。今日できるなら今日やっちゃう?
  お金の方とか大丈夫?」

私「あっ、はい。大丈夫です」

私が通っているクリニックは大きい病院じゃないから、
検査設備が整っている訳ではなく、
しかも私が今回行おうとしている検査は珍しいみたいで、
キッドなんかを用意したりするのに時間がかかると聞かされていた。
だから今日は普段通り、遅い時間に行ったから無理だと思っていた。
そして数分後に再び呼ばれた。

医「今日できるみたいだから、やっちゃおう。
  せっかく採血するなら、リーマスの血中濃度も測定する?」

私「はい」 (リーマス服用者にとって、とても重要な数値なのです)

医「じゃあ診察までまだ3、4人後だし、先に採血してもらおうか。
  それで、検査にテグレトールの粉末が必要になるから、
  薬局に行って取ってきてもらいたいんだ。
  どうせ薬局に行くんだから、今日の薬も一緒に処方しちゃうよ。
  今日は取り敢えず今までと一緒でいいよね?」

私「はい。それで先生、先週来れなかったから
  薬のストックがなくなっちゃって。余分に処方して欲しいんですけど」

医「しょうがないなぁ。分かった。じゃあ今日は4週間分出すけど、
  ちゃんと2週間ごとに来るんだよ。
  薬あるから行くのはいいやっていうのはダメだからね」

私「はい。それは大丈夫です。分かってます」

お願い聞いてくれる主治医に感謝!
鬱で病院にどうしても行けない時、
薬のストックがあると助かるんだよねー。
もちろん、精神面でもかなり救われる。
「薬が無くなるぅ。絶対行かなきゃ…」←これ凄い辛いんだもん。
鬱+ストレスって、こりゃもう最悪。


数分後、看護婦さんに呼ばれて採血。
看護婦さん、私の血管を見て「あら、細いなぁ〜」とつぶやく。
「腕が細いなぁ〜って言われたら嬉しいんだけどなぁ」と
私は心の中でつぶやく。

看「針が少し太めの物だから、痛いかもしれないけど頑張ってねー」

それを聞いた時は (゜ロ゜)ギョェってなったけど、
さほど注射が苦手じゃない私にとっては、何てことない太さだった。ホッ。

看「ちょっと今日は量が多いけど頑張ってねー」

どれだけ採血するのかじっと見ていたら、
いつもは試験官みたいなの1本分なのに、今日は6本分採ってた。
こりゃ確かに多かった。うん。

そして看護婦さんから処方箋を受け取り薬局へ。
戻ってきてまた診察待ちして、数十分後に呼ばれた。

医「血、採ってきた?」

私「はい。採られてきました」

医「調子、見るからに悪そうだねぇー」

私「・・・・・・(苦笑)」

医「前回の時は、少し良くなりだしてたんだったよね」

私「そうだったと思います。それから10日間くらいは元気でした。
  元気といっても連続で外出はキツイから、
  遊んで・休んで、の繰り返しって感じで。でもまた落ちちゃいました」

医「いつ調子崩したの?」

私「先週の月曜、火曜から前兆がありました。
  朝起きて、動き出せるまで時間がかかるようになったんです。
  それが月曜より火曜の方が長くなって。
  それで水曜からはもうグッタリでした。
  その後の予定はキャンセルです…」

医「そうかぁ…。まぁ再来週には検査結果出てると思うから、
  シロならもう1度テグレトール試すとして、もしクロなら無理。
  けど、テグレトール飲めなかったらどうしようか」

その言葉が意味するのは、「テグレトール飲めなかったら、
薬の選択肢がもう無いけどどうしようか」ってなわけで、
そんなの先生、私が聞きたいことですよ。ヾ(-。-;)ォィォィ
でも私は私の意見を言った。

私「1番始めにバルプロ酸ナトリウム(デパケン、バレリン等)を
  飲んでたじゃないですか。利かなくて止めたけど。
  躁鬱病の人たちって、リーマスと他の気分安定薬を
  併用して飲んでたりしますよね。
  その薬ってリーマスと併用して飲んだことがないので、
  それをもう1回飲んでみてもいいんじゃないかって思うんです。
  バルプロ酸は全然副作用が無かったから、また飲むの苦じゃないし」

医「そうだね。それをやってみてもいいかもね。
  じゃあ取り敢えず検査結果を待って、
  テグレトールにするか、そっちにするか考えようか」

私「はい。あの先生、私通院する前からもそうだと思うんですけど、
  どんどんサイクルが短くなってる気がするんですよ。
  やっぱりサイクルが短いのって良くないんですか?」

医「そうだね。一般的に躁鬱病でサイクルが短くなるのは、
  良くないことだと言われてるよね。
  知ってるだろうけど、いわゆる
ラピッドサイクラーは」

そう言われるのは想像していたけど。やっぱし。(ノ_・。)クスン

医「あのさぁ、元気になった時でもいいんだけど、
  今度、今までのサイクルを書いて持ってきてくれるかな。
  君の場合はその落差が結構ハッキリしてるみたいだし。
  大まかにでいいから。分かる範囲で」

私「分かりました。今度持ってきます。
  それで最後に質問なんですけど、
  私って献血していい人ですか?やっぱりダメですか?」

医「ん? 献血したいの?」

私「いや、したいとかじゃないですけど、
  私薬飲んでるから献血できないのかなぁ?と、ふと思って」

医「うん。献血はしないで下さい」

やっぱし。私は人のお役に立てないようです。
でも私が輸血必要になった時には、皆さんの血をお借りしますよー。




2002年9月18日(水)

今日は通院日。だいぶ状態は良くなったから楽に外出できた。
万全とは言えないけれど、和希、鬱から復活ですっ!(^o^)/オー

今日の待ち時間は50分くらいと短かった。ラッキー。
なのに(?)、診察時間30分もとっちゃった。
私的にはありがたいことだけど、後の人に申し訳ないです。<(__)>


私「こんにちは」

医「こんにちは。(私の顔を見て)今日はまぁまぁ(調子)良さそうだね」

私「はい。だいぶ良くなりました。(^o^)」

T医師はまず最初に私の顔を見て調子を言い当てます。
患者の顔・目をみて話さない医者はダメだっていうから、
私の主治医は合格みたいです。偉そうですね、私。(*´∀`)>エヘッ

前回の通院時に行った血液検査の結果が出ていた。
テグレトールでアレルギー反応を起こすかどうかの検査。
結果は一応シロ。でもT医師は「グレーだね」って言った。
説明は面倒だから省略。(^-^;
でも最初から、この検査で結果がシロだったとしても、
100%アレルギーを起こさないとは限らないと知っていたから、
結果が「グレー」だったとしても、大して気にならなかった。

そしてもう1つ行っていた検査、
リーマスの血中濃度の数値は、1.13Eq/l だった。


医「有効範囲の最大値が大体1.0前後なんだけど、
  それより上回ってるから、これ以上はやっぱり増やせないね。
  少し濃いくらいだから量変えるなら減らすくらいだし。
  ・・・・・・で、(薬をこれから)どうしようか」

私「テグレトールをやっぱり飲みます」

医「そんなに飲みたいの?人体実験だよぉ?」

私「だって先生、それ飲まなかったらあと選択肢何があります?」

医「う〜ん、前に飲んでたバルプロ酸ナトリウムをもう1回飲むか、
  リーマスの量を調整するかだよね」

私「ですよね。で、バルプロ酸は前に飲んだとき効かなかったし、
  リーマスはもう増やせないじゃないですか。
  だって、もしテグレトールが全然副作用起こさなかったとしたら
  飲まないのもったいない気がするんですよ」

医「よしっ、分かった。じゃあ飲もう!
  ・・・でもちょっと怖いんだよなぁ〜」

私「・・・・・・(苦笑)」


でも結局は飲むことになった。
T医師は最初、1日100mg×3回の300mgを
処方するつもりだったんだけど、
私が「先生、量はどれくらいですか?以前飲んでた時と一緒ですか?」
なんていう風に突っ込んで聞いてたら
「う〜ん…、やっぱり減らそう。ねっ。もう、ほんのちょっとから試そう」って
1日100mg×1回になった。
テグレトールの効果量が大体1日600mgだから、ほんとに少しだけ。


医「でも僕来週は休みだから、今週から飲むとすると
  何かあった時に連絡つかないんだよね」

私「じゃあ、来週から飲み始めます」

医「イヒヒヒヒッ。( `∇´)」

私「(なんで笑われてるんだろう…) (・_・?)」

ということで、来週から飲むことになった。

そして前回T医師から頼まれていた、
今までの私が辿ってきた躁鬱サイクルを書いた紙を渡して、
それを見ながらサイクルの話をした。

これはサイクルとはちょっと違うけれど、
T医師は「全体的に鬱よりになってきてるよね」と、
私自身も感じていたことを指摘された。
だからといって、どうということでもないんだけど(笑)。
治療方針が変わるわけでもないから。
躁鬱病の人にとって、抗鬱剤はあまり飲まない方がいいし。

前回、鬱で病院に来られない時のために
2週間分多めに薬を処方してもらった。
その薬の部分をT医師が、今日の処方箋にバッテンした。

私「先生、どうしてここバッテンしちゃったんですか?」

医「だって薬、2週間分余分にあるでしょ?」

私「あれは鬱になって行けなかった時のために必要な薬ですもん」

医「前回は調子悪かったけど、今日は大丈夫そうだし」

私「だって私、いつ鬱になるか分からないんですよー!
  だから必要なんじゃないですかぁ!!
  鬱になってからじゃ遅いんですっ!!!」

医「いやぁ、今日みたいな君を見てるとさぁ(笑)。
  分かった分かった。処方してあげるよ」

私「先生っ!2週間前の私を思い出して下さい!!!!」

医「('-' )(,_, )('-' )(,_, ) ウンウン(笑)」

私「(勝った)ヽ(´ー`)ノフッ」


これをワガママと言うのか?
私の中では必要な主張なんだけどね(笑)。
イヤな顔されず、笑いが起きるやりとりになるのが救いだな。

ということで、1週間後からテグレトールの服用を再開します。
まずは効果うんぬんじゃなく、副作用が出ないことをひたすら祈るのみ。
100mgだったらまだ大丈夫かな???

病気のことももちろん大事だけど、
鬱脱出したんだから、また楽しい日々を送るぞぃ!!




2002年9月25日(水)

先週主治医と話していた通り、
今日からもう1度テグレトールの服用を試みた。
朝100mg を1錠だけ。昼前に服用したところ夕方に変調が…。

熱が出て顔は真っ赤、頭痛、そして吐き気。
発疹までは出ていないけれど、これはまさに2ヶ月前に出た症状と同じ。
やっぱり2ヶ月前私の身に起きたことは、ウィルス感染ではなく、
テグレトールの副作用だったと今回で確定した。

主治医から、「発疹or発熱の症状が現れたらテグレトールは即中止」
と言われていたのでもう飲まない。さすがにもう飲みたくないけど(笑)。
君のことは期待してたんだけどなぁ。
結果的には1番私を痛めつけてくれたね(苦笑)。


母が胃が痛いという理由で、両親が仕事を早く切り上げて帰ってきた。
そして私の状態を知った母はヒステリックに
私・主治医・薬に対して怒り始めた。

母「どうしてあんなに大変な思いしたのにまたあの薬飲んだの!
  バカじゃないの、まったく。
  その薬をまた処方した医者も何なのよ!!
  薬になんて頼ってられないわよ!!!(激怒)」

私「 ( ̄▽ ̄;)グフッ…」

明日外出する用事があった私は、熱があったがお風呂に入ろうと
お風呂場に向かった。それに気付いた母が、

「お風呂なんて入るの止めなさい!
もうお母さん知らないからね!!(激怒)」

ε=ε=(ノ゚ロ゚)ノニゲッ 悪い子和希は忠告を破ってお風呂入りました…。
0時くらいだったか、優しい母は私の様子を見に来てくれたんだけど、
寝ないでネットしちゃってたので、またまた母をキレさせちゃった(汗)。

言い訳かもだけど、起きてる方が頭痛がなくて楽だったんだもん!
だからいざ眠ろうと横になったら頭がズキズキして、
なかなか眠れなかった。吐き気もするしさぁ〜。

夜中になってさすがお母様、また様子を見に来てくれた。
もちろんお説教もうけたけど。(^◇^;)

テグレトールくん、サヨウナラ。
そして母の逆鱗も一緒にサヨナラしてくれないかな…。




2002年10月2日(水)

なーんかダルイ。何故だ? (ー'`ー;)
午前中ダラダラ寝てると姉から電話がかかってきた。

姉「和希、お願い。頼み聞いて!!」

何かと思えば、自転車のカゴに荷物を置いてきてしまって
盗まれないよう家に持ち帰って欲しい、ということだった。
姉の自転車が置いてある駅前まで徒歩15分。

「あまり行きたくないなぁ…。体ダルイしなぁ…。
でも今日は病院だから結局外出する支度はしないとだし
行ってきてあげようかなぁ…。
でも自転車置いてある駅の路線は、病院に行く電車とは違うしなぁ…。
家まで戻ってくるってことは30分も歩くのかぁ…。
どーしよぅ…。/(-_-)\コマッター」

午後になっても、やはり体調がすぐれない。
病院サボっちゃおうかなぁ、とまで思ったけど、
もし今日行かなかったらその理由は
「鬱だったから」じゃなくて「面倒臭かったから」になる気がして
それだとダラシナイ人間になっちゃうから、頑張って行くことにした。

化粧などせず、ただ着替えるのみ。
洋服もなんでもいいやって感覚だった。当然、頭もボサボサ。
知り合いに出会わないことをひたすら祈る。( ̄人 ̄)

重たい体を引きずりながら、姉の荷物を取ってきてあげた。
そして「あったよ。」と1言メール。
家に戻ってその荷物を置いて、病院へ向かった。

病院に着くと、入り口に「本日T医師は休診です」って張り紙が。
T医師は私の主治医。えっ!? (゚ロ゚;)
受付で「T先生、今日お休みなんですか?」と聞くと
「はい。昨日の台風で帰ってこられなかったんですよ」と。

「頑張って来たのに…。来なきゃよかった…」と一瞬思ったけど、
結局は薬をもらいにくる必要があったんだしって、
私の思いは「早く帰れてラッキー」に変化した。

買い物して帰りたかったけど、とにかく早く家に帰りたかった。
今日の私はパワー不足。(´ヘ`;)ハァ

しかーし!そんな1日でも最後に嬉しいことが待っていた。
姉がご褒美に1000円くれた。わぁいヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノわぁい♪
頑張って行ってきてよかった。(ノ◇≦。)




2002年10月12日(土)

私は主治医から治療の説明として、病相を消すのではなく、
度合いを小さくして、社会生活を営めるようにしよう、と言われている。

基本的には躁鬱病に「完治」はない。状態が安定したら「寛解」になり、
予防するために一生薬を飲み続けることになるから。
病気を繰り返すことを防ぐことはできないので、
躁鬱病患者さんの間では「治そう」という言葉はあまり聞かれず、
「病気と上手に付き合っていこう」が合言葉になってたりする。

私はリーマスを飲み始めてから、確かに鬱の度合いが減った。
「声を出すのも苦痛だ。寝込んじゃうよ。トホホホホ(涙)」
ってことは少なくなった。
今は会話はわりとできるけど動くことが出来ないって感じ。

例えば、39度の熱を出しても声くらいは出せるでしょ?
でも、掃除したり洗濯したり、外に出かけたりってことは苦痛なはず。
私はそんな状態です。('-'*)(,_,*) ウン

私は鬱でも拒食にはならないから、普通に食事はとっている。
もともと食べるのが遅いんだけど、
近頃やけに遅いなぁと感じ、自己観察してみたら
「そしゃく」の行為がもう運動レベルになっていて、
早く噛むと疲れるから、ダラダラゆっくり噛んでいることに気が付いた。
食事も運動なんですね(笑)。

以前は鬱の度合いが大きかったから、ガクンと落ちて
「鬱の時期がまたやってきた…」ってすぐに自覚があった。
でも最近は、微妙な感覚で調子が下がっていって、
「これは鬱なのかなぁ?疲れてるだけかなぁ?」
って自問してみたりする(笑)。
以前のサイクルは3ヶ月くらいだったけど、
最近は数週間と間隔も短くなってるから目まぐるしい。

全体的に鬱よりになってきていると、以前主治医と話したことがある。
最近、調子がいい時でもカラオケがイマイチ楽しめなくなってきた。
昔の私はカラオケ大好きっ子でバシバシ歌ってたけど、
今の私は調子が良くても歌うと疲れる(苦笑)。
カラオケはストレス発散の場だったのになぁ。
他の趣味探さなきゃだな、こりゃ。

○○観戦、○○鑑賞なんかがいいかも。体力使わなくてすみそうだし。
あっ!裁判傍聴っていうのもあったな。イヒッ(笑)。




2002年10月16日(水)

今日は病院サボっちゃったね。行く気になれなかったね。
しょーがないよね。そうそう。しょうがない、しょうがない。
来週は頑張って行こうね。行けるような状態になりたいね。




2002年10月23日(水)

今週も病院に行けなかった。
布団から出られない…。(ノ◇≦。)




2002年10月30日(水)

先週・先々週と調子が悪くて病院に行けなかったけど、
今日は頑張って病院行ってきた。

今日の診察待ちは驚くほど短かった。
診察券を出した後、銀行へ行ってコンビニでお茶買って
病院に戻ったらすぐ呼ばれた。
その間30分ほどだと思うんだけど
感覚的には待ち時間0分だったのだ。
買ったお茶を飲む時間さえなく診察へ。


私「失礼します。こんにちは」

医「こんにちは。生きてたみたいだね。良かったよ(笑)」

私「はい。お久しぶりです(笑)」

医「調子あまり良さそうじゃないね。
  テグレトールはダメだった?(副作用出たか?ってこと)」

私「はい。1錠飲んだだけで発熱と頭痛と吐き気が出て
  発疹は出なかったんですけど、
  あの時(
7月19日〜30日と7月31日の日記を参照)と
  全く同じ症状だったのですぐに飲むの止めました」

医「そっか。それは賢明な選択だね。
  せっかく高額な検査までしたのに大変な思いまでして
  しかも残念な形になっちゃったね」

私「はい。でもこれでハッキリと
  この薬は飲めないって分かった訳だし、
  最初からリスクがあることも分かっていたことだし
  だから飲まなければ良かったとは全く思ってないです」

医「そうだね。これでハッキリはしたしね」

私「それで先週・先々週は調子悪くて来れなくて、
  2週も行けないほどっていうのは、
  最近の中ではちょっと調子悪さが高かったです。
  その前の来院の時(5週前)は、
  先生が台風で帰って来られなくて休診だったじゃないですか。
  だから久しぶりの診察になっちゃいました」

医「あーーー。そんなことあったねぇ。
  いやぁ、あの時は〜〜〜〜(と先生の雑談が始まる、笑)。
  患者さんがわざわざ来てるのに、
  こっちは1日休みを増やしちゃって悪かったね。
  会っておきたかった患者さんは何人かいたんだけど。
  君もその中の1人だったから」

(ノ ̄▽ ̄)ノ オオオオォォォォォォ-
ちゃんと気にかけてくれてたなんて医者愛だわ。(*ノ▽ノ)キャー(笑)


医「それじゃあやっぱりリーマス基本でいくことになるんだけど…」

私「リーマスは確かに1番効いたって実感がある薬です。
  だから以前も話したけれど、鬱の始まりが昔のように
  一気にガクンって感じではなくて緩やかな下降になったし、
  それって波が小さくなった証拠だと思うんです。
  それに過食も今は全然なくなったんですよ」
  
医「あっ、そう。(カルテに φ(.. )メモメモ)」

私「でも今の現状は辛いんで、
  このままの薬でやっていくっていうのは厳しいです…」

医「そうだね。今の現状だと厳しそうだもんね。
  すると抗鬱剤増やすかリーマスと併用で飲んでなかった
  バルプロ酸をもう1度飲むかになるんだけど、うーん。
  前も話した通り抗鬱剤は(躁鬱病患者に)あまり積極的に
  使いたくない薬ではあるんだけど、
  鬱で辛いようなら増やしていいと思うし。増やしてみる?」

私「抗鬱剤をどうこうするよりはまず先に、
  気分安定薬の方を試していきたいです」

医「治療の基本を心得てるね(笑)。
  じゃあバルプロ酸飲んでみようか」

私「はい。('-'*)(,_,*)」

医「そうそう。バルプロ酸ねぇ、
  ようやく日本で躁鬱病の薬に認められたんだよ。
  アメリカに遅れること10数年(笑)」

バルプロ酸ナトリウムは躁鬱病の薬として使われるのだけど、
日本ではてんかんの薬としてしか認められていないのです。
だから病名に「てんかん」を含めないと保険がおりないそうで。


私「ホントですかー。w(゚o゚*)w OH!!」

医「でもまだ顆粒タイプのものしか認可されてないけどね」

私「同じ成分の薬でも同時に認められないんですか?」

医「認可は性状(薬の形)によってなんだよ」

私「そうなんですか。〜∈( ̄o ̄)...フムフム」

医「飲み始めから以前飲んでた量にすると、
  ふらつきとか出ちゃうかもしれないから最初は少量から始めよう」

私「はい」

医「またもし調子悪くて来られなかった時のために
  薬多めに出しておこうか?」

先生からそんなこと言ってもらえるなんて。
医者愛だわ(笑)。嬉しぃ。(ノ◇≦。)


私「前回先生が台風で休診だったとき、
  何故だか4週間分の薬をもらえたんですよ。
  だからリーマスとデプロメールはまだ2週間分多めにあるので
  バルプロ酸の方だけ4週間分下さい」

医「なるほど。それで薬の量を合わせるってことね(笑)。
  じゃあエピレナート(バルプロ酸ナトリウムの薬名)
  だけ4週間分出しておくよ」

私「はい」

医「もしまた来られないような時は、
  状態だけでも知りたいから電話できたらして」

私「はい。分かりました」

医「うん。じゃあまた頑張って病院来てね」

私「はい。ありがとうございました」


こんな感じで診察終了。
ということでエピレナート(バルプロ酸ナトリウム)の服用を再開。
この薬は通院して1番始めに飲んだ薬なんだけど、
全く効き目がでなかったのでリーマスに変えて飲むのを止めた。
リーマスと併用して飲んでいないので、
もう1度試そうということなのです。
まずは200mg×2(朝・夕)から。

今日は調子悪いからか目ウルウル状態だったけど、
空いていたからか先生にセカセカ感がなく、
いつも以上にいい雰囲気で診察ができた。

最後の「頑張って病院来てね」って言葉。
「あぁ先生は病院に行くってことだけでも
大変なことだって分かってくれてるんだなぁ。
やっぱりお医者さんだなぁ。
いい主治医さんだなぁ」と実感した。(^-^*)




2002年11月1日(金)

鬱の辛さってやっぱり目に見えないんだなぁって
体感したことは沢山ある。
数日前、調子が悪くて使った食器を洗えず
シンクに置きっ放しにしてしまったのを母が目にした途端、怒られた。

私は7月下旬に熱を出した時のことを持ち出し、
「あーあ。熱だと心配して代わりにやってくれるのに、
鬱だとこうやって怒られるんだもんなー。辛さはどっちも同じなのに」
って思わずグチってしまった。

でも、私は理解できない人の気持ちも知っているので
(私がまだメンタルのメの字もなかった時期、
精神科に通院していた姉〈次女〉を病気とは思えなかったから。
お姉ちゃんゴメンナサイ)
「何で分かってくれないんだバカヤロー!!ヽ(*`Д´)ノ」とは
あまり感じたりしない人間だと思う。

私は病気のことを理解してもらいたいとはあまり思っていなくて
(そりゃ理解してもらえるなら理解して欲しいけど)
これが病気であり当人は大変だということを
否定さえされなければ十分だと思っている。
「だらしないだけよ」なんて言われたら、そりゃプチッてキレる。

私の家族は病気の私に対して理解度が高い方だけど、
それでも母はこう口にする。
「毎日一緒に過ごしてるお母さんだって、
やっぱり和希の病気を理解してあげられないのよ。
だから友達や周囲の人なんてもっと分からないわよね」

('-'*)(,_,*) ウン 確かにそう思う。
だからさっき書いたような「否定されなければ十分」
って気持ちが根付いている訳なのです。

突然ですが、皆さんが親にお風呂に入れてもらった
最後の年齢っていくつですか?
私は25歳です。つまり現在進行形(笑)。
深い鬱になるとお風呂に入る気力さえもなくなってしまう。
あんな疲れることしたくなくなるからね。
すると母から「洗ってあげるからおいで」という言葉が出てくるのだ。

母は私にこう言った。
「まさかこの年になってまで介護するとは思わなかったわよ。
だって普通逆じゃないねぇ」

私だってまさか成人してから介護受けるとは思わなかったよ。
自分が介護する側になると思ってたよ。
最初は情けなかったさ。いや今でも。そりゃあね。
だって私は5歳じゃなくて25歳だよ!?

バカにするならしてもいいけど、これが鬱の実態だから。
鬱って介護うけなきゃやっていけない病気だから。
そこがいわゆる落ち込みとは違うんじゃないかな。
だからこういう人、私以外にも沢山いるはず。口にしないだけだよ。
だって障害年金の申請欄に、お風呂に入らなかった期間を
書くトコあるみたいだし(たぶん)。

今ふと思ったんだけど、普通彼氏って彼女と一緒に
お風呂に入るのって嬉しい気持ちあると思うんだけど、
私みたいに介護で一緒に入るんだったら敬遠されるんだろうな。
「イヤだよ。おまえ1人で入れよ」って(笑)。




2002年11月27日(水)

通院日なので、夕方病院へ行き診察。

私「失礼します。こんにちは」

医「こんにちは。前回行った血液検査の結果出たよ」

炭酸リチウム(リーマス)と、バルプロ酸ナトリウム(エピレナート)の
血中濃度を計ったんだけど、結論だけを簡単に言えば、
両方とも有効数値内だった。

この結果によって分かったことは、
現時点では体に見合った薬の量を服用できている
ということともう1つあって、
たとえこの薬の量では病状が安定しなかったとしても、
これ以上量を増やすことはできないということ。
極端に書いてしまえば、躁鬱病の薬である気分安定薬に
私が期待できるのはここまでってこと。


医「最近の調子はどう?」

私「前回の診察(2週間前)から1週間くらいは、
  凄くイイ感じでした。出かけたりすると、
  長い間動いてなかったんだから、当然疲れるじゃないですか。
  でも眠って次の日目を覚ました時には、
  ちゃんと疲れが取れていて普通に動けたんです。

  でもその後の1週間は、気合い入れたら動けるって感じで、
  やっぱり連日で外出は厳しくなってます。
  体のダルさが眠っても次の日に残っちゃうんですよね。

  私は躁鬱病で調子が上がり過ぎる可能性を持ってる訳だから
  最初の1週間がもし躁気味なら今は普通なんだろうし、
  躁鬱病でも鬱よりの私にとって、最初の1週間が普通だったなら
  今はまた鬱気味になってるんだろうし、
  その基準はやっぱり難しくて自分ではよく分かりません」

医「そうだね。その基準が難しいところなんだよね。
  でも話を聞いてるとやっぱりまた、
  鬱よりになってるのかなって思う部分はあるかなぁ。

  この間学会に行ってきた時、知り合いの先生同士で
  躁鬱病の人への抗鬱剤の使用について、
  意見交換みたいなことをしてきたんだ。
  やっぱり皆、躁転を怖がって恐る恐る使ってるみたいなんだけど
  三環系抗鬱薬よりSSRIは、躁転しないって話がやっぱり出てね。

  君が今飲んでるデプロメールの量は、
  効き目が出始める1番少ない量なんだ。
  元々鬱よりの症状だし、今もまた下がり気味だったら
  もう少し増やしてみてもいいと思うんだけど、どうする?」

私「今は気分安定薬の量より、抗鬱剤を増やした方が
  まだ安全性があるってことですよね?」

医「今で有効数値内だし、
  濃度が高くなると副作用の危険があるからね」

私「先生、私はまだそこまで大きな躁状態になったことは
  ないじゃないですか。もし1度でも抗鬱剤で躁転したら
  躁転しやすくなっちゃうんですか?」

医「うーん…。それが実は結構難しいところなんだよね。
  薬との関連性がはっきりしない場合が多くて」

私「じゃあ、抗鬱剤を飲んで躁転した人は、
  抗鬱剤を飲むのを止めたら、躁状態って消えるんですか?」

医「いや、それがそうでもないんだよ。
  飲むのを止めても何ヶ月も躁が続いた人もいて。
  だから薬が躁を導いたのか、もともとその人が
  持っていたものだったのかを、はっきりさせることは難しいんだ」

私「そうなんですね。どうしようかな…。
  でも今の状態で納得はできてないので飲みます」

医「うん。今飲んでる量は少ないし、調子下がり気味だったら、
  飲んでみていいんじゃないかと思うよ。
  波は小さくなってきてるみたいだから、
  全体的に少しクイっと上がるといいんだけどなぁ」

私「('-'*)(,_,*) コクッ 基準線あがって欲しいです」

こんな感じで診察終了。という訳で
デプロメールの量が、1日100mg→150mgに増えた。




2002年12月11日(水)

今日は通院日だけど調子はイマイチ。
行きたくないって気持ちはあったけど、
病院に行かないと明日・明後日の遊びに行くのを
当然母から反対されるので気合を入れて出発。

2・3日の岩手以降どこへも出かけてないのに、
明日・明後日遊びに行くと行ったら母から、
「遊びすぎじゃない?また調子崩すわよ」とお叱りを受けた。
何処が遊びすぎなの?その後だって1週間何も予定ないよ?
自分なりにちゃんとセーブしてるつもりなんだけどなぁ。

「遊びすぎちゃダメよ。また調子崩すわよ」だったら
素直に「うん」って受け入れられるんだけど。
母にしてみたら同じことなのかな?
気になるのは私が言葉に細かすぎるせいなのかな…?


病院へ行き、そして診察。

私「こんにちは」

医「こんにちは。(私の顔を見て)う〜ん、今日は、
  75点から80点くらいでまぁまぁって感じかな?」

私「そうですね。ホントそんな感じです。気合い入れれば何とか
  週に何度かは外出できるって状態です」

医「デプロメールの量増やしてみてどう?」

私「特に実感できるような変化はないです」

医「う〜ん…、もう2週間この量のままで様子見てみるけど、
  もしかしたらこの薬の効果は出ていないのかもしれないね。
  そしたらこの薬を飲んでる意味が無いってことになっちゃうなぁ」

私「(;/__)/ガクッ」

医「そうそう。脅かすつもりではないし、
  あまり喜ばしくない情報なんだけど、つい先日、
  デプロメールで躁転した患者さんがいらっしゃいました(苦笑)。
  神経症と鬱って診断されて入院していた患者さんだったんだけど、
  抗鬱剤で症状が軽減したはいいけどそれを超えて、
  躁転、あれはまぁ軽躁かな、が現れてしまって」

私「うわっ。先生、躁転って前触れなく出ちゃうんですか?」

医「そうだね。前触れなく一気に変わる人もいるよ」

私「ハァ…。その患者さんは軽躁っていっても、
  やっぱり周囲の人が見て分かるくらいの躁なんですか?」

医「そうだね。よく喋るようになったし、周りの人が少し迷惑してるから」

私「そうですかぁ。その方が飲んでいたデプロメールの量は
  どのくらいですか?」

医「200mgかな」

私「えーと、私が今飲んでる量って何mgでしたっけ」

医「50mgを3回で150mgだよ」

私「そうですか」

医「でも躁転の場合にも量には個人差があるからね」

こんな風に私をさほど凹まさない程度の情報を、
隠さず教えてくれる主治医が好きだ。
一緒に治療していこうという姿勢がうかがえて嬉しい。


私「あまり聞きたくないようで聞きたいことを聞いちゃうんですけどぉ」

医「何?何でも聞いて」

私「もし、デプロメールで効果が現れなかった時、
  この後はどんな治療方法があるんですか?」

医「ドキッ!! Σ(゚∀゚;)」

ん〜、あの顔は凄かった。
隠さず私にあの表情を見せてくれちゃって(笑)。

そう、分かっていたから聞きたくなかった。でも聞いてみちゃって。
他に方法がない訳じゃないことは私も分かってた。
そして分かってたことを主治医は話してくれた。

私はもう躁鬱病の薬である気分安定薬は全て試してしまったし、
今飲んでる薬の量も増やすことはできない。
残るは抗鬱剤。躁転が少ないと言われているSSRIは
2種類とも試したから、残るはSNRIか三環系の抗鬱剤。

SNRIはまだ新しめの薬なので置いといて、
三環系の抗鬱剤はSSRIより躁転率が高いと言われている。
だから主治医も「あまり使いたくはないけれど」
と言いながら説明してくれた。


医「とりあえず、もう2週間様子を見よう」

私「('-'*)(,_,*) コクッ 先生、私1年前から治療を始めて、
  気分の波は確かに小さくなって、
  今の状態がそこまで不満な訳じゃないんです。
  死にたいとは思わないし生きていたいって思うし。
  でも今のままじゃ生活できないじゃないですか。
  とにかく働けるようになりたいんですよ。

  今って微妙な状態ですよね。
  中途半端に動けるけど中途半端にしか動けなくて。
  鬱を患ってる人も頑張って仕事してるけど、
  私が甘ったれてるんでしょうか。ハァ…。
  頑張って遊んでる自分がいて、どうして遊びまで
  頑張らなきゃいけないんだろうって思う自分がいたりして」

先生がカルテにφ(.. )メモメモ してた。


私「治療を始める前は気分の波も大きくて
  鬱の度合いも高かったけど、その分いい状態の時はちゃんと良くて
  多少バイトもできていたじゃないですか。
  鬱が酷いと思考力まで無くなるから、
  『辛い』とか『苦しい』なんていう感情まで感じなくなるんですよ。
  だから悪かった時の方がそういう意味では、
  なりたい自分になれていた時間があったから」

医「じゃあ、薬飲むのやめて元の状態に戻る?」

私「ブンブン(>_< )( >_<)ブンブン イヤですよぅ。
  ただ時々、薬飲むのがイヤになる時があるんです。
  こんな生活がずっと、一生続くのかぁって頭をよぎって。
  母は今も薬を反対しているから、薬を見れば嫌味を言うし。
  でも飲むの放棄したら余計良くない状態になるって分かってるから
  結局飲まなきゃってそういう感情を消す努力をして」

私はボロボロ泣いていた。涙がこぼれ始めるとそっとT医師が
ティッシュを1枚差し出してくれた。(ノ_<。) クスン
こんな風にグチをこぼしてしまった私だが、
最後に顔を上げてキッパリとこう言った。


私「でも私、病気になんて負けないですよ。くじけないです」

医「そこが君の偉いところなんだよ。
  躁鬱病の人は自分の病気を認めたがらない人が多いんだ。
  調子が良くなると『あの時はたまたまおかしかっただけだ』と
  薬を飲むのを勝手に止めて再発を繰り返す人が多い。
  でも君はちゃんと自分の病気を理解して見つめてる。
  薬がいい風に効けばいいんだけどなぁ〜。
  ゴメンネ。僕の技術が足りないせいもあるからな」

私「ブンブン(>_< )( >_<)ブンブン 先生の力を借りて頑張ります」

医「今度はクリスマスなんだけど来られる?」

私「( ̄▽ ̄;) 来れませんって言いたいところなんですけど、
  何の問題もなく来れます…」

先生の気遣いが私を苦しめたぁ。.・゚・(ノД<)・゚・。
でも「彼氏いておかしくない」って思われたのなら喜ぶか。
あくまでも楽天家なのであーる。(* ̄ー ̄)v イェイ♪






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